つれづれ日記、兼フランス語学習帳。
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水いらず 

雨のち曇りの土曜日。
どろりと眠る午後。

目覚めたら、頭がすっかり軽くなっていた。
躰中の感覚を開け放したままぐいぐい歩く。
渋谷へ向かう途中にあるおしゃれ本屋さんに何気なく入る。

サルトル『水いらず(Intimité)』
吸い込まれるように、買う。何の目的もない散歩のはずだったのに…。
本に呼ばれていたのだろうか。

感想は…いろいろあるのだけれど、やはりサルトルは変わっている。
あんなふうに、子どものような感性で生きていくって、苦しくないだろうか。
ちくちくと何かが刺さるようで。

躰全体で感じているはずのこと、無意識の色や気配、音、匂い、
心の奥にそっと封印しているはずのことを、きちんと言葉に落とし込んでゆく作業。


以前、父の友人がサルトルを評して「気の弱ぇえヤツだなぁ」と言ったそうだが、
(『嘔吐』を読んでの感想らしい)分からなくもない。
まるで神経をむき出しにして歩いてる人みたいだ。


短編集で、いろいろなテーマを盛り込んでいるが、わりとつらつら読めます。
表題作ほか、スペイン内乱を舞台に描かれた『壁(Le mur)』、
実存からの逃避を描いた『部屋(La chambre)』、
犯罪による人間的条件の拒否をテーマにした『エロストラート(Erostrate)』、
人間の可能性と宿命を描いた『一指導者の幼年時代(L'enfance d'un chef)』
…といった感じで収録されています。
ご興味のある方はぜひどうぞ。
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すばらしい新世界 

読書録。



『すばらしい新世界』 by オルダス・ファクスリー


小説好きの彼が読んでいるというので、面白そうと思い、図書館で借りてみた。
のめりこみ、一日中読んでいた。

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西暦2004年に「九年戦争」と呼ばれる最終戦争が勃発。
→安定至上主義の世界が形成される。

年号として、自動車王フォードに因んだ「フォード紀元」が採用されている。
それ以前の歴史は抹殺され、総統と呼ばれる10人の統治者によって支配されている。

人間は受精卵の段階から培養ビンの中で「製造」され「選別」され、階級ごとに体格も知能も決定される。
睡眠時教育で自らの「階級」と「環境」に全く疑問を持たないように教え込まれ、
人々は生活に完全に満足している。

不快な気分になったときは「ソーマ」と呼ばれる薬で「楽しい気分」になる。

「万人のものは万人のもの」のスローガンの元、孤独は疎まれ、
だれもが他のみんなのために働いている。一見したところではまさに楽園であり、
「すばらしい世界」である。

T型フォードの大量生産で名を馳せた自動車王フォードが神として
崇められている(胸で十字を切るかわりにTの字を切る)。

*****************************************

「安全性と自由は決して共存しえない」
(La securité et la liberté ne peuvent pas se cotoyer .)

人間性ってなんだろう。

病気、老化、不幸、激情から逃れ、なんの疑問も持たずにいられる、
永遠の隷属的パラダイス。

V.S.

自由、独立、愛、危険、崇高、ありとあらゆる人間的悲劇。

どちらが喜ばしいことなのか。
など、色々考えさせられました。

なお、も1つ考えさせられたのは(これは長年のわたしのテーマでもあるが)
「ふつうってなんだろう」ということだった。


「ふつう、○○でしょ」
「いや、そういうことしないから、ふつう」

日本人は「ふつう」って言葉が好きだなーと常々思っていて、
その意味するところはおそらく、「みんなと同じであるかどうか」
ってことだろうと思う。
隣人の反感を買わないように、おかしなやつだと思われないように。

いったい、他人の目が神なのか?って思うほどの自意識過剰さは、
日本社会に特有のものなんだろうか。

しかし、もし社会全体が狂っているとしたら、適応しようという努力そのものが
お笑いぐさなんじゃないか。

が、社会全体に「ノー」と言った悲劇の主人公の行く末はというと…
(この小説を最後まで読んでいただければ分かると思うが)
太陽を求めたイカロスと同じことだ、結局。



英語には、「Commun sens」という言葉があるようで、要するに「良識」ってこと
みたいです。
「人として持っているべきまっとうな常識」ってところだろうか。

面倒なのは、「社会の常識=人間としてのまっとうさ」じゃないことが
しばしばあるということだ。

ああ、めんどくさ。

かくいうわたしも、あまりえらそうなこと言える立場じゃないので、日々精進しようっと。






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