つれづれ日記、兼フランス語学習帳。
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すばらしい新世界 

読書録。



『すばらしい新世界』 by オルダス・ファクスリー


小説好きの彼が読んでいるというので、面白そうと思い、図書館で借りてみた。
のめりこみ、一日中読んでいた。

***************************************

西暦2004年に「九年戦争」と呼ばれる最終戦争が勃発。
→安定至上主義の世界が形成される。

年号として、自動車王フォードに因んだ「フォード紀元」が採用されている。
それ以前の歴史は抹殺され、総統と呼ばれる10人の統治者によって支配されている。

人間は受精卵の段階から培養ビンの中で「製造」され「選別」され、階級ごとに体格も知能も決定される。
睡眠時教育で自らの「階級」と「環境」に全く疑問を持たないように教え込まれ、
人々は生活に完全に満足している。

不快な気分になったときは「ソーマ」と呼ばれる薬で「楽しい気分」になる。

「万人のものは万人のもの」のスローガンの元、孤独は疎まれ、
だれもが他のみんなのために働いている。一見したところではまさに楽園であり、
「すばらしい世界」である。

T型フォードの大量生産で名を馳せた自動車王フォードが神として
崇められている(胸で十字を切るかわりにTの字を切る)。

*****************************************

「安全性と自由は決して共存しえない」
(La securité et la liberté ne peuvent pas se cotoyer .)

人間性ってなんだろう。

病気、老化、不幸、激情から逃れ、なんの疑問も持たずにいられる、
永遠の隷属的パラダイス。

V.S.

自由、独立、愛、危険、崇高、ありとあらゆる人間的悲劇。

どちらが喜ばしいことなのか。
など、色々考えさせられました。

なお、も1つ考えさせられたのは(これは長年のわたしのテーマでもあるが)
「ふつうってなんだろう」ということだった。


「ふつう、○○でしょ」
「いや、そういうことしないから、ふつう」

日本人は「ふつう」って言葉が好きだなーと常々思っていて、
その意味するところはおそらく、「みんなと同じであるかどうか」
ってことだろうと思う。
隣人の反感を買わないように、おかしなやつだと思われないように。

いったい、他人の目が神なのか?って思うほどの自意識過剰さは、
日本社会に特有のものなんだろうか。

しかし、もし社会全体が狂っているとしたら、適応しようという努力そのものが
お笑いぐさなんじゃないか。

が、社会全体に「ノー」と言った悲劇の主人公の行く末はというと…
(この小説を最後まで読んでいただければ分かると思うが)
太陽を求めたイカロスと同じことだ、結局。



英語には、「Commun sens」という言葉があるようで、要するに「良識」ってこと
みたいです。
「人として持っているべきまっとうな常識」ってところだろうか。

面倒なのは、「社会の常識=人間としてのまっとうさ」じゃないことが
しばしばあるということだ。

ああ、めんどくさ。

かくいうわたしも、あまりえらそうなこと言える立場じゃないので、日々精進しようっと。






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