つれづれ日記、兼フランス語学習帳。
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Lyon への旅 

3年ぶりにフランスに旅行してきた。

彼と会うのは1年と3ヶ月ぶり。

リヨンのとあるアパートに、あいかわらず彼なりの方法でひっそりと生活していた。

彼の本質は、そのアパートの中で、あいもかわらず保たれていて、

すこしも傷つけられず、変質せず、ひそやかに息づいていた。

まるで水槽のそこにじっとうずくまる魚のように。



いろいろな場所に連れて行ってもらった。

初日は Le Rhône(ローヌ川)沿いにとことこ歩いて彼の通っている大学を見せてもらい、

la Cathédrale (大聖堂)、le Vieux Lyon(旧市街地)を訪れた。

(なんとアナログなことに、デジカメがうまく作動せず、インスタントカメラで撮ったの

で写真が載せられないのが残念)


二日目は la Colline de Fourvière (丘)までメトロで行き、la basilique (大聖堂)を

見て、脇道にそれて公園を抜けて帰った。帰り道にロシアの食料品店により、ピルミニ

というピロシキみたいな料理を買って、公園でアイスを食べた(彼は以前にロシアに留学

していたので、たまにロシアが恋しくなるらしい)。



三日目はのんびりとお昼頃でかけ、Le musée des Beaux Arts(美術館)へ。

エジプト時代の古代遺物の展示品に興味を抱く。

博学な彼がいろいろと説明してくれるのを、ふんふんと聴く。

以前から、 “ Le livre des morts(死者の書)” と呼ばれるものに興味があり、

たまたまその美術館で発見出来たのでとてもうれしかった。

奇妙なことには、エジプト人たちは死者が現世に戻ってくれるための道案内の書として

死者とともにそれを埋葬したが、チベット人たちは死者が迷い込んで二度と輪廻のうずに

飲み込まれないようにするための指南書としてそれを作成した。

死生観のちがいから生じるのだろう。

いずれにせよ、古代人たちは「死」をなにか貴重なもの、尊いものとしてとらえており、

その書物にしたって、まるで死者を送り出すための餞別のように思える。

現代人は、「死」をおそれ(彼の言葉を借りれば “le vide” (空白)をさけるために)

資本主義社会を構築し、本来の生とは無関係な、なにか華々しいお祭り騒ぎで日々を埋め

ようとしているように思える。いったい何をそんなにおそれているのだろう。

…というようなことを考えながら、静かなその場所を、ゆっくりと歩いた。



四日目は、久しぶりに友人たちと会う約束だったので、買い物をしたり準備をしたりして

過ごす。Maybeeちゃん、その節は来てくれてほんとうにありがとう。おかげさまで

とても楽しい時間を過ごすことができました。彼と、お友達にもよろしくね。



五日目、壊れた水道管を直す作業。

フランス人って、なんでも自分たちで作り、直すとは聞いていたが本当だなと思う。

それから、またしても 旧市街を訪れた後、 Lorette ( la maison de Pauline Jaricot)

を訪れる。

100819_MJ.jpg



このポーリーヌ・ジャリコという女性は、あるとき天啓に目覚め、18世紀頃

世界各地を巡礼して廻った女性であるそうだ。そのせいか、塔内にはヨーロッパ風の聖母

像だけではなく、アジアの各地でつくられたもの、しかも仏像に似ているものさえあった。

私はクリスチャンではないのだが、幼稚園~大学まで、それぞれ宗派は違うがミッション

系の学校に通っていたせいで、キリスト教にとても興味がある(ちなみに、先祖は代々

坊主の家系であるという、似非信者である・笑)。それで、その建物のすぐそばに建てられ

た教会で、しばし祈る。


六日目、8月15日の日曜日は聖母被昇天(Assomption de Marie)という、

なにやら仰々しい名前のついた祝日で、どこもかしこもお休みだった。

それで、唯一開いていた公園 Le parc de la tête d'or に連れて行ってもらった。

温室で育てられた熱帯の植物を眺め、湖畔のほとりで一休みしていたら、

きゅうに天気が悪くなってきた。

雲が立ちこめ、かみなりの光線がくっきりと浮かび上がって見える。

それから、太鼓の鳴るようなものすごい音。

「大丈夫、音が向こうで鳴るということは、ここからはまだ遠いから」と彼。

雨とかみなりとカモが好きな彼は、

「ほぼ完璧だねぇ、この景色。一つ足りないのは、あの醜いプラスチックのボートに

乗っている観光客をふっとばすダイナマイトだけだね」とのたまう。

それから、動物園を見て回ったが、象も、さるも、鳥たちも、雷をこわがって檻の中に

引っ込んでしまい、ほとんど何も見られず残念だった。

七日目と八日目は、疲れたのか、近所のアジア雑貨に行って食料品を買うほか、

特に観光せずのんびりと過ごす。


そのかわり、彼と長いながい話ができてよかった。

資本主義社会が支配する近代国においては、人々の凡庸さや、人の群れに追従しようと

する、羊のような傾向はどこも同じで、日本だけが特別なわけじゃない。

フラスンスだってそうだ(それを学んでから、以前ほどはフランスという国を神聖視しな

くなった)。…というようなことだとか、いろいろ。



あっというまの10日間だった。

まるで夢を見ているようだった。

彼が最終日に作ってくれた麻婆豆腐と、サラダ。

100817_salade.jpg
100817_Mabodofu.jpg



部屋の窓から見えた教会。

100811_eglise.jpg


帰りの飛行機で発見して、いいなと思った曲。

Philip Glass - Etude 2


人は、時間が過ぎることをおそれるあまり、過ぎ去ってゆく瞬間をなんとかかたちに

とどめようと、こうして書いたり、写真を撮ったり、モノを買ったりするけれど、

本当は「時間」というのはつなぎとめるべき性質のものじゃないだろうと思う。

「いま」の瞬間はそのときの一瞬でしかありえないし、二度と戻らない。

わかってはいるが、さびしくて、せつないので、書く。



感傷にひたっている場合ではなく、次の手だてを考えなければ…。


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